私は3回目の体外受精でちゃーさんを妊娠し、
2022年4月2日に不妊治療の病院を卒業しました。
そして、不妊治療が保険適用になったのは
2022年4月1日から。
何度も通った病院でしたが、
卒業の日は保険適用が始まった翌日で、
病院は異様な雰囲気に包まれていました。
保険適用開始直後の病院の様子
私の通っていた病院は
入り口が1階、受付と診察室は2階、
手術室が3階という構造になっていて、
それほど大きな建物ではありませんでした。
いつもと同じように予約の時間に病院に行くと
病院の入り口から受付までの階段は
大勢の人たちがびっしりと並んでいました。
(え?何?)
と、戸惑いながらも階段を登ると、
手術室がある3階への階段も人でいっぱい。
いつも通りに受付を済ませましたが、
待合室も人でいっぱいで座ることもできず、
立ったまま呼ばれるのを待つことになりました。
1年ちょっと毎週のように通った病院ですが、
こんなに人がいるのを見るのは初めてでした。
さらに、男性の多さにも
とても違和感を感じました。
と、いうのも、コロナの影響で
その当時は病院に入れるのは1人だけ。
付き添いはもちろん、
パートナーが一緒に来ることもNGで、
採精も自宅で済ませて
女性が病院まで運ぶように指示されていたのです。
なので、こんなにたくさんの男性が
この病院にいるのを見るのは初めてでした。
そこで、やっと気付きました。
その当時、その病院に2人一緒に来院できるのは、
最初の診察の時。
つまり、みんな初めてこの病院に来た人たち。
昨日から不妊治療が保険適用になったからだ!
不妊治療を必要としている人たちが非常に多いこと、
そして、保険適用になる瞬間を待っていたことを
この時に実感したのでした。
私にとっての2022年4月2日
卒業の日はいつもあった採血はなく、
赤ちゃんのチェックをしました。
この頃はまだエコー検査ではなく、
膣から子宮の様子を確認する方法でした。
1ヶ月前に初めて見た時は
赤ちゃんはまだ身体は形成されておらず、
ただ心臓が動いている様子が見えただけでしたが、
この日は少しだけ頭と身体が
出来上がっているように見えました。
ちゃんと大きくなってる…!
それが本当に嬉しかったです。
そして、前回もそうでしたが、
心臓がものすごい速さで動いていて、
自分のお腹の中に命があることに
とても感動したのをよく覚えています。
院長先生から産婦人科への紹介状を書いてもらい、
無事に卒業となりました。
最後の移植手術の時に
手術室ではクラシック音楽がかかっていて、
その曲が私の大好きな曲だったことを
院長先生に伝えると、
その曲は先生も好きな曲だと教えてくれました。
治療を受けている時は余裕がなくて
治療以外の話なんて全くしませんでしたが、
最後に笑顔で先生と楽しくお話ができて
良かったと思いました。
不妊治療が保険適用になったことへの当時の本音
私は41歳で不妊治療の病院に行き始めたので、
年齢的な問題もあり、保険適用になるのを待たずに
体外受精を3回しました。
治療は毎日の自己注射など大変なことが多く、
保険適用のことは考える余裕もなかったのですが、
実際卒業の日の様子を目の当たりにして、
3回目だけでも保険適用になってから受けていたら
いくら違ったんだろう?と思ってしまいました。
そして…つい計算してしまい
(こんなに違うの!?)
と、愕然としました。
もうお腹には赤ちゃんがいるんだし、
余計なことは考えないで前を向くぞ!
と、思うようにはしたのですが、
しばらくはモヤモヤしていました。
その後、当時の不妊治療の保険適用についての情報で
PGT-A(着床前診断)などの治療を受けた場合などは保険適用にならない
という事実を知り、
私はどのみち保険適用にならなかった
ということがわかりました。
私はPGT-Aを受けて良かったと思っているので、
保険適用になってから3回目の体外受精を受けていたら
迷いが生じていたかもしれません。
あのタイミングで良かったんだ
と思えて、モヤモヤは少しずつ晴れていきました。
おわりに
不妊治療が保険適用になり、
治療を受けやすくなったことは
本当に良いことだと思います。
ただ、治療のタイミングや内容によって、
受け止め方も様々なんだ
と、感じました。
2022年4月2日のことは
きっとこれからも忘れないと思います。

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